【プロフィール】海外で「コネなし」「仕事なし」「預金なし」「友人なし」で無一文になり復活をとげた、転職コンサルタントの話し

プロフィール

こんにちは、転職コンサルタントの「しおん」と申します。

  • 氏名:しおん
  • 年齢:40代
  • 生息地:フィリピン
  • 家族構成:パートナーと私

現在は海外で移住を目指し、サラリーマンとしてゆるく働きながら、転職コンサルタントのビジネスをしています。

経歴

  • 23歳:役者になる夢を断念
  • 25歳:ギャンブル依存症になる~【逆転劇】アメリカ移住のキップを手に入れる
  • 26歳:仕事で挫折、日本に帰国【挫折】
  • 26歳~40歳:国内でやりがいのある仕事を探し、転職を繰り返す
  • 40歳:【再び逆転劇】海外移住へ~無一文へ、人生転落の一途をたどる【再び挫折】
  • 40代現在:サラリーマンながら、転職コンサルタント、カー・トレーディングアドバイザーのビジネスを行なっている【復活~海外移住へ】

プロフィール

23歳:役者になる夢を断念

23歳のとき、役者を目指し上京する。ドラマや映画の脚本家の主催する劇団のオーディションに合格し、入団するも、チケットノルマが頻繁にあり、経済的にむりと判断し役者を断念した。

25歳:ギャンブル依存症になる~【逆転劇】アメリカ移住のキップを手に入れる

人生の目標を失い、食品の個別宅配のアルバイトをし、生活費を稼ぐだけの日々を送りながら、ギャンブルに手をだしパチスロ中毒になる。

預金もなく、給料が入ると生活費以外のお金は全てパチスロで使ってしまう。

そんな生活に嫌気がさし、「人生を180度ガラっと変えるようなできごとが起きますようにと」願い事をはじめる。

ひょんなことから、「アメリカで仕事をしないか」という話が舞い込んできて、その2週間後 ロサンゼルスの地に足を踏み入れる。

ロサンゼルスの生活は、何もかも真新しい経験で、楽しく、しかも強烈だった。

しかし、そこでの仕事は、「雇用条件が最初の話と異なること」、「労働ビザは実費で取得することになったこと」などに、しだいに不満を持つようになる。

さらに自分自身が、自己主張できない性格だったため、いろいろな思いをオーナーに伝えられず、とうとうその職場から飛び出してしまう。

26歳:仕事で挫折、日本に帰国【挫折】

その後、1ヵ月ほどロサンゼルスの安ホテルで生活していたが、とにかく毎日が、「退屈」で「孤独」で、友人もつくることができず、「孤独」に打ちひしがれそうなり、そんな状況に耐えきれず、日本に帰国してしまう。

アメリカでの滞在はたった1年だった。

このときのことを思い出すと、胸が痛くなる。自分が環境を変えたいと望んで、願いが叶ったのに、今度は自分でそこから飛び出してしまったからだ。

仕事での初めての挫折だった。

※私に強烈なパッションを与えた、ロサンゼルスでの出来事は【しおんのストーリー第1章①】役者になることを断念し、食品の個別宅配のアルバイトをしながら、パチスロ中毒になり、人生の路頭に迷ってから、アメリカ合衆国に移住するキップを手に入れた話しでシリーズで紹介してます。ぜひご覧ください。

それから、14年間の日本での生活は、以前のロサンゼルスで経験したほどのインパクトのあるできごとは一度たりともなかった。

なので、心の奥底で「また海外で生活がしたい」とずっと思い続けていた。

26歳~40歳:国内で人生にやりがいを求め、転職を繰り返す

日本に戻ってからの仕事は、工場の派遣労働→飛び込み訪問営業→ガールフレンドが経営する、スナックの仮オーナー、→クラブのバーテンダー、→リフォーム営業、→車営業、と人生にやりがいを求め、転職を繰り返した。

国内で最後の仕事が、新車ディーラーの営業だった。

そこでは、毎日多忙な業務の中、販売ノルマをこなしつつ、成績を上げれば上げるほど、顧客が増え、さらに忙しくなり、出口のない無限のループに、はまってしまっていた。

それから、しまいには「燃え尽き症候群」となり、仕事に行く気力を完全に失ってしまったのだ。

そのとき、書店で「好きなことだけして生きていけ」というタイトルの本がパッと目に入り、その場で完読し(買いましたが)、もうそれ以上意味をみつけられない仕事にほとほと嫌気がさし、毎日その本を読みつづけ2ヶ月後に辞表を提出した。

辞表を出してから、退職するのに引き継ぎなどで1ヵ月を要した。

次の仕事を何も決めずに辞表をだしたのだが、その1ヵ月の間になんと、海外で仕事ができる話しが舞い込んできたのだ。

40歳:【再び逆転劇】海外移住へ~無一文へ、人生転落の一途をたどる【再び挫折】

ディーラーの会社を退職しそれから、新しい海外の仕事の研修などを受け、半年後にフィリピンの地を踏んだのだった。

アメリカで挫折し、日本に帰国し、約14年の歳月を経て、ようやく再び海外で仕事ができることになったのだ。

それから、物事が順調にいったのかというと、そんなことはなかった。

フィリピンでの最初の仕事は、店舗の来店客が予想していたより少なく、売上もあがらず、業務に陰りを見せ、1年ほどして「店舗の業態を変えると」オーナーが通告があったと同時に、その仕事を辞めることにした。

それから、「人生の奈落の一途」をたどるとは思ってもみなかった。

知人の紹介で、ある店舗の立ち上げのプロジェクトに関わったのだが、ある日突然、そこで教育をしていた新人スタッフの女の子が「私からセクハラを受けた」とオーナーに訴え出たのだった。

ここで断言しておきたいが、私はセクハラは一切していない。その子が訴えたのは私が教育を厳しくしたことへの報復だと思う。

そこでの仕事はやむなく辞めさせられることとなった。

プロジェクトを任され道半ばで、新人スタッフにじゃまをされ屈辱だった。

まあ、ここのオーナーもひどく、最初は1つのブロジェクトに関わる話が、他に2つのプロジェクトを私にマネジメントさせようと考えていて、さらにそれがスタートしたら「19時間労働くらいやってもらいます」くらいのことを平気でいう人でしたので、結果よかったのかなと、、、。

また、同じ知人のつてで、その人が投資している日系のベンチャーの会社に入社することとなった。

その時何を血迷ったか、一度ローカルの人と同じ条件で働いてみようと、自ら、フィリピンの最低賃金(手取り、約22、000円/月)で働いてみることにしたのだ。

私は、以前から「茨の道を歩めば、成功する」というのを本当に信じていて、それを実践しようとしたのが原因だ。

そのときの情景は【成功する考え方】 茨(いばら)の道を歩むと茨から出られなくなる【人生を効率よく豊かに生きられる】の記事に、失敗談として取りあげてます。

早く成果を出したいと思い、色々と試行錯誤したが、なんせベンチャー企業なんで、既存の顧客があるわけでなく、全て新規開拓しなくてはらず、結果もすぐには出せないのは当然のはずだ。

なのに結果が出ないことを、そこの雇われ社長に、ふだんからぐちぐちといわれ、

私はそんな、上からのモノの言い方で圧力をかけてくる人には、新車ディーラーの営業のときに上司に抵抗してきたのと同様、体が受け付けなく反発するようになっている。

そんな私の取る態度が気に入らないのか、しまいには、私のことを「小学生以下だな」「犬以下だな」といい始めた。

ある日、大したことでもない起きた件に対し、理不尽に訴求するものだから、反論し言い返すと、私の机を蹴り出す暴行にいたり、雇用側の立場で従業員をののしるのに呆れ、これ以上はこの人と関わりきれないと感じた。

そこで再び、フィリピンに来る前に書店で目にとめた「好きなことだけして生きていけ」の本のタイトルが頭に浮かび、その場で荷物をまとめその会社を去ったのだった。

その後1ヵ月のあいだ、何もせず預金が底をつき、手持ちのわずかなお金で、1日100円の食パンと1ボトル100円のラム酒を買い、公園で1日を過ごす日々が1週間ほど続いた。

このままいくと、あと2日でほんとうに無一文になるというころ、公園の花壇のふちに座り、満月をみながら、ラム酒をちびちび飲み、「なんで、こんなことになってしまったんだろう」と情けない気持ちでいっぱいになった。

「茨の道を歩み、そこを抜けると成功しバラ色になるはずの人生」が、茨の道にはまってでられなくなってしまったのだ。

その時、「もう、どーにでもなれ、なるようにしかならん!」「でも、無一文になってのたれ死んでも、絶対に日本に帰らん!」と決断した。

なぜなら以前、アメリカから帰国したあとの日本での14年間は、アメリカでのたった1年間の生活とくらべると、なんとも味気のないものだったからだ。

やっきになり決断したあと、何かあたたかい、やわらかい羽毛に包まれるような不思議な感じがし、そのとき「なんとかなる。なにかいいことが起こるに違いない、俺はぜったい大丈夫だ」という根拠のない自信が、どこからともなく湧いてきたのだった。

その翌日、ある人物のおかげで仕事を紹介してもらい、そこで無事働けることとなり今に至る。

あのとき満月の下で湧いてでてきた、根拠のない自信は本当にその通りになったのだった。

40代現在:サラリーマンながら、転職コンサルタント、カー・トレーディングアドバイザーのビジネスを行なっている【復活~海外移住へ】

現在は待望の、残業のないのんびりした職場で、サラリーマンとしてゆるく働きながら、今までの経験をいかした、転職コンサルタント、カー・トレーディングアドバイザーのビジネスをしています。

日本に帰国してから、再び海外で生活する話しは【しおんのストーリー第2章①】アメリカで挫折し日本での13年間にも及ぶ「試練」のあと、再び好機を得るが、無一文へ人生転落の一途をたどる話しでシリーズで紹介しています。ぜひご覧ください。

ブログを書いている理由

どうしてブログを書いているか?

18歳に新卒で就職してから、ずっと思い続けていたのは、「いつかは起業し、自分の稼ぎで生活したい」でした。

ヤフーオークション、アマゾン出店などにチャレンジしますが、こずかい程度の利益しかなく、独立するまでにいたりませんでした。

飲食店出店など、リアル店舗の出店も考えましたが、やはり資本がかからないインターネットビジネスがいいと思い、収入を得る方法がないか探した結果、ブログで稼いでいる人がいることを知ります。

もともと文章を書くのが、好きだったこともあり、2020年2月より収益の出るブログをと、このサイトを立ち上げました。「南の島で、来る日も来る日もビーチで寝そべり、マンゴージュースを飲めるよう」、人々に役立つ情報を提供できるような記事を更新していきます。

ブログ発信と並行して、転職コンサルタント、カー・トレーディングアドバイザーのビジネスをしています。

記事の内容

「営業・サラリーマン」、「転職・海外移住」、と大まかに2種類にカテゴリーを分類しています。

「営業・サラリーマン」

私が、営業時代に経験したこと、感じたこと、商談時のコツ、悩み、問題解決などを取りあげ、当時、働いていた自分に手を差し伸べるような内容となっています。

「転職・海外移住」

転職歴、14回の経験者の私から、転職を考えている人に、転職は気軽にできるということを伝え、背中をぐっと押し、勇気を与えるような記事をと心がけています。

また、日本で生きづらいなと思ったときに、海外転職、海外移住も視野にいれることで、よりライフスタイルの選択視が増え 生活にゆとりがでる、ことを提唱しています。

▼ この記事の動画版もありますので、よかったらどうぞ! ▼

【しおんのプロフィール①】海外で「コネなし」「仕事なし」「預金なし」「友人なし」で無一文になり復活をとげた、転職コンサルタント、カー・トレーディングアドバイザーの話し

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